一里石
更新日:2022年07月28日
一里石 久留米城と柳川城を結ぶ街道
江戸時代、旅人の目印として、街道の両端には一里塚という塚が設けられていました。一里(約四キロメートル)ごとに配置されていたその塚は五間(約九メートル)四方もあり、榎や松などを植えることで、遠くからも見えるようになっていました。
柳川藩主の立花宗茂は土地倹約のため、広い場所が必要な塚ではなく、標石を立てました。それが一里石です。この標石は、柳川藩の幡保村、兼木の交差点を西に約三百メートル進んだところに建てられていたものです。現在は、田口コミュニティセンターに移され保管されています。一里石の表面を見てみると、「柳河」と刻まれているのが分かります。建設当時は、「柳河より一里」と刻まれていましたが、長い年月を経る中で下部が欠損し、現在に至っています。
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